写真:内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)
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672年、天智天皇の死後の皇位継承をめぐり、弟の大海人皇子と子の大友皇子が争った内乱。
大和・近江・美濃などを舞台に約1か月続き、勝利した大海人皇子は天武天皇として即位した。
天武天皇は皇族を政権の中枢に置き、八色の姓や律令編纂などの制度整備を進め、後の大宝律令へつながる基礎を築いた。
「天皇」とは日本の君主の称号であり、7世紀後半の天武朝において「大王(おおきみ)」に代わって使われ始めたとされる。
律令国家においては統治権の頂点に位置づけられ、公地公民・班田収授の主体として制度上の最高権威を持った。
中世以降は武家政権の台頭によって実質的権力を失い、権威の象徴として存続し続けた。
近代の大日本帝国憲法では「統治権の総攬者」とされたが、第二次世界大戦後の日本国憲法のもとで「日本国の象徴」へと転換し、今日に至る。
日中共同声明とは、1972年9月29日に北京で田中角栄首相と中華人民共和国の周恩来総理が署名した外交文書であり、日中両国の不正常な状態の終結と国交樹立を宣言したものである。
日本と中華人民共和国の政府間関係は、1949年の同国成立以来、正式には存在しなかったが、同日をもって正常化され、同時に台湾の中華民国政府との外交関係は事実上断絶した。
声明は、ニクソン訪中によって動き出した米中和解の流れと連動し、戦後日本のアジア外交における転換点となった。
1988年に発覚した戦後日本の代表的な汚職事件の一つ。
リクルートが子会社の未公開株を政界・官界・財界に譲渡し、値上がり益を供与した。
消費税導入と重なって竹下内閣は退陣し、政治不信は政治改革論議が本格化する契機となった。
佐渡金山(さどきんざん)とは、現在の新潟県佐渡市にあった鉱山で、開発の中心地であった相川の名から佐渡相川金山とも呼ばれる。
1601年の鉱脈発見以降、江戸幕府の直轄地として重要な財源となり、灰吹法などの技術を用いて金・銀を産出した。
1989年に採掘を終え、2024年にはユネスコの世界遺産に登録された。
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